はじめに:防御率(ERA)だけで投手を評価していい?
「あの投手、防御率2点台だから一流だね!」――野球中継でよく耳にするフレーズです。たしかに防御率(ERA: Earned Run Average)は100年以上使われてきた、投手評価の王道指標になります。でも、ちょっと立ち止まって考えてみましょう。同じ1球を投げても、後ろに守る野手が違えばヒットかアウトかは変わってしまいますよね。
防御率(ERA)は、投手が実際に許した自責点を9イニングあたりで表す、非常にわかりやすい指標です。一方で、その数字には、後ろを守る野手の守備力、インプレー打球の結果の偏り、得点の入り方、球場環境、対戦相手などの影響も含まれます。
FIP(Fielding Independent Pitching=守備非依存投球指標)は、そのうち主に守備が処理するインプレー打球や得点の入り方の影響を抑え、三振・四球・死球・本塁打を中心に投球内容を見るためのERA推定指標です。ただし、FIP自体は球場補正や対戦相手補正を行う指標ではありません。球場やリーグ環境を調整して比較したい場合は、FIP-などを利用します。
この記事では、ERAとFIPそれぞれが捉えていること・捉えきれていないことを整理しつつ、FIPの考え方・計算方法・読み方を、野球は好きだけど統計はちょっと苦手……という読者に向けてやさしく解説します。読み終わるころには、ERAだけでなくFIP、被BABIP、LOB%、xFIP・SIERAなどを組み合わせて投手を見る視点が身につくはずです。

従来の防御率(ERA)が抱える3つの限界
1. 守備力の影響を受けすぎる
ERAは、自責点を投球回で割って9イニング換算した指標です。式は ERA = 自責点 × 9 ÷ 投球回 で、たとえば150イニング投げて自責点50なら、ERAは3.00になります。自責点とは、失策や捕逸の助けがなく生じたと判断された失点を指します。
公式記録上、失策や捕逸がなければ防げたと判断された失点は、自責点から除かれます。一方で、失策として記録されない守備範囲の差や送球能力の差によって安打・進塁・得点が生じた場合、その影響は投手の自責点やERAに反映されることがあります。
そのため、ERAには投手本人の投球内容だけでなく、後ろを守る野手の守備力も一定程度含まれます。守備範囲が広く送球にも優れた野手が後ろを守っていれば、同じような打球でもアウトになる可能性は高まります。反対に、守備力の低いチームでは、投手の投球内容が同じでも被安打や失点が増えることがあります。
2. インプレー打球の結果に影響される
打者が打ったインプレー打球が安打になるかアウトになるかは、投手の投球内容だけでなく、守備位置、守備力、打球の質、球場、短期的な結果の偏りなどにも影響されます。こうした背景を考える手掛かりの一つが、投手が許したインプレー打球のうち安打になった割合を表す被BABIPです。
投手の被BABIPは、多くの場合、単年では大きく振れやすく、長期的にはリーグ平均付近へ近づきやすい傾向があります。ただし、すべての投手が同じ値へ戻るわけではないため、極端な数値を見つけても、すぐに「幸運」「不運」と断定しないことが重要です。詳しくはBABIP(インプレー打率)とは?もあわせて読むと理解が深まります。
3. 球場環境や対戦相手の影響
投手成績は、ホーム球場の得点環境や、どのような打線と多く対戦したかによっても変わります。標高の高いクアーズ・フィールドのように打球が伸びやすい球場、左翼の「グリーンモンスター」がそびえるフェンウェイ・パーク、広い外野を持つ球場など、球場ごとに打球結果の傾向は異なります。打球が飛びやすい球場で登板する投手と、投手有利の球場で登板する投手を、補正なしの数字だけで比較するのは慎重になる必要があります。
ただし、通常のERAだけでなく、通常のFIPも球場や対戦相手の強さを自動で補正する指標ではありません。球場とリーグ環境を調整して比較したい場合は、FIP-などを確認します。詳しくはパークファクターの記事もご参照ください。
そこで登場したのが「DIPS理論」とFIP
2000年代初頭、Voros McCracken による DIPS研究(Defense Independent Pitching Statistics) は、投手のインプレー打球の結果には守備や偶然性の影響が大きく、単年の被安打結果だけで投手を評価するのは危険だという考え方を広めました。
この考え方をもとに、FIP(守備非依存投球指標)は、三振、四球、死球、本塁打など、守備が処理するインプレー打球の影響を受けにくいイベントを中心に、投手の内容をERAと同じスケールで評価します。FanGraphsをはじめ多くのサイトでERAと並んで掲載され、すっかり標準指標になりました。
ただし、投手が打球結果へまったく影響を与えられないという意味ではありません。一部の投手は、打球タイプや投球スタイルによって、FIPより低いERAや平均とは異なる被BABIPを維持することがあります。FIPは非常に有用な指標ですが、投手の全体像を単独で完全に説明するものではありません。
FIPの計算式
FIP = (13×HR + 3×(BB + HBP) - 2×K) ÷ IP + C
各変数の意味は次のとおりです。
- HR: 被本塁打
- BB: 与四球
- HBP: 与死球
- K: 奪三振
- IP: 投球回
- C: ERAスケールへ合わせるための定数
本塁打に「13」、四球・死球に「3」、奪三振に「−2」の係数が掛かっていますね。これはリニアウェイト(wOBAの記事で解説した考え方)で、それぞれのイベントが実際に何点を生み出す/防ぐかを推計した重みになります。
定数Cは、リーグ平均FIPがリーグ平均ERAと同じ水準になるように調整するための値です。FanGraphsのFIPでは通常3.1前後ですが、得点環境によってシーズンごとに変わります。なお、NPBや1.02 Essence of Baseball で公開されているFIPの計算定義は、FanGraphs型と完全に同一とは限りません。1.02では、与四球から故意四球を除く形や、サイト独自の定数定義が用いられる場合があります。
簡単な手計算例(架空の投手)
仮に「100イニング投げて、奪三振100・与四球25・与死球5・被本塁打10」の投手Aを考えてみましょう。定数Cは3.10とします。
分子 = 13×10 + 3×(25+5) - 2×100
= 130 + 90 - 200
= 20
FIP = 20 ÷ 100 + 3.10
= 0.20 + 3.10
= 3.30
つまり投手AのFIPは3.30です。これは、三振・四死球・被本塁打を中心に見た場合、ERAスケールで3.30相当の投球内容だったと読むことができます。FIPはERAとは異なる角度から投球内容を評価する指標ですが、この数値だけで投手の実力を完全に断定できるわけではありません。

FIPの目安と読み方
FanGraphsが掲載する参考目安では、FIPはERAと同じようなスケールで読むことができます。
- 3.20前後:非常に優秀
- 3.50前後:優秀
- 3.80前後:平均より良い
- 4.20前後:平均的
- 4.70前後:低調
- 5.00前後:かなり低調
ただし、リーグ平均FIPは得点環境によって年度ごとに変わります。実際に選手を比較するときは、対象年度のリーグ平均やFIP-も確認すると安全です。
ERAとFIPが乖離する実例
ERAとFIPが大きく異なる投手を見つけた場合は、その差の理由を追加で確認する価値があります。
ERAがFIPより大きく低い投手は、守備、被BABIP、LOB%、球場、得点の入り方などによって、実際の失点が少なく出ている可能性があります。
一方、ERAがFIPより大きく高い投手は、投球内容に対して実際の失点が多く出ている可能性があります。今後ERAが改善する可能性を考える材料にはなりますが、球速変化、故障、被本塁打、守備環境などにも左右されるため、FIPだけで翌年成績を断定することはできません。WHIPの記事や被BABIP・LOB%もあわせて確認すると、背景がより立体的に理解できます。
FIPの発展系:xFIP・SIERA・xERA
FIPは強力ですが、単年のHR/FB率の変動や、打球の質などは直接扱えません。そこで関連する指標がいくつも生まれました。
- xFIP:FIPの実際の被本塁打数を、許したフライボール数とリーグ平均HR/FB率から求めた期待被本塁打数へ置き換える指標。HR/FBの単年変動をならして投球内容を見る助けになります。
- SIERA:三振・四球・打球タイプとそれらの相互作用を考慮し、投手がなぜ失点を防げているのかをより詳しく考えるためのERA推定指標です。
- xERA:Statcastの打球品質などを用いて、実際に許した打球から期待失点水準を見る指標です。
tERAも打球結果を扱う指標の一つですが、FanGraphsではSIERAの方がより実用的なERA推定指標として案内されています。初学者はまずFIP、xFIP、SIERA、xERAの違いを押さえると理解しやすいでしょう。
奪三振率や与四球率の読み方はK/9・BB/9・K/BBの記事でも詳しく解説しているので、FIPと合わせて見ると投手の「中身」が立体的に見えてきます。
FIPの限界と注意点
万能に見えるFIPにも弱点があります。
- 打球品質は直接扱えない:FIPは、三振・四死球・被本塁打を中心に見るため、本塁打以外の打球品質を直接評価しません。弱いゴロを多く打たせている投手と、鋭い打球を許している投手が、FIPでは十分に区別されない場合があります。打球品質を確認したい場合は、Statcast由来のxERAなども参考になります。なお、Stuff+は、球速・変化量・リリース特性などから球質を評価する指標であり、打球結果から期待失点を評価するxERAとは目的が異なります。
- HR/FBの単年変動の影響を受ける:FIPは実際に許した本塁打を評価に含むため、単年のHR/FB率の変動によって数値が動く場合があります。HR/FBの変動をならして見たい場合は、xFIPも参考になります。
- 定数Cがリーグ・年度に依存する:MLBのCをそのままNPB投手に当てはめると、リーグ水準が違うのでズレます。MLBとNPB、または異なる年度を比較するときは、それぞれの定義に基づくFIPを参照しましょう。
- 球場・リーグ補正は別途必要:FIP自体は球場補正やリーグ補正を行っていません。異なる球場やリーグ、年代の投手を比較する場合は、球場・リーグ補正済みのFIP-を見ると便利です。

FAQ:FIPとERAについてよくある質問
Q1. FIPが低いのにERAが高い投手はどう評価すればいい?
A. ERAがFIPより大きく高い場合、実際の失点が、三振・四死球・被本塁打から見た投球内容より悪く出ている可能性があります。ただし、その理由は守備やインプレー結果の偏りだけでなく、球場、走者を置いた場面での投球、被本塁打の傾向など複数考えられます。今後の成績を考える際の手掛かりにはなりますが、FIPだけで改善やブレイクを断定することはできません。被BABIP、LOB%、FIP-、球速・球種の変化などもあわせて確認しましょう。
Q2. NPB投手にもFIPは使える?
A. NPBでもFIPの考え方は利用できます。1.02 Essence of BaseballでもNPB選手のFIPを確認できます。ただし、与四球から故意四球を除くか、定数をどのように設定するかなど、データサイトや計算定義によって細部が異なる場合があります。MLBとNPB、または異なるサイト間でFIPを比較するときは、採用されている計算定義を確認してください。
Q3. FIPとxFIPはどっちを見ればいい?
A. 実際に許した本塁打を含めて、その期間の投球結果を評価したい場合はFIPが適しています。一方、HR/FB率の変動をならして今後の成績を考える材料にしたい場合は、xFIPも参考になります。ただし、xFIPも本格的な予測モデルそのものではなく、長期的にリーグ平均とは異なるHR/FB率を維持する投手もいます。ERA、FIP、被BABIP、LOB%、球速や球種の変化などとあわせて見ることが重要です。
Q4. ERAは時代遅れの指標?
A. いいえ。ERAは、投手が実際に許した自責点を示す指標として、今でも重要です。ただし、ERAだけでは守備やインプレー結果の偏り、球場環境などの背景まではわかりません。そのため、実際の失点結果を見るERAと、三振・四死球・被本塁打を中心に投球内容を見るFIPをあわせて確認すると、投手をより多面的に評価できます。伝統的指標の限界はこちらの記事もご覧ください。
Q5. FIP-って何?
A. FIP-は、FIPを球場とリーグ環境で補正し、リーグ平均を100として表した指標です。ERA-と同様に、100より小さいほど優秀です。たとえばFIP-が80なら、その球場とリーグ環境を考慮したうえで、平均より20%良いFIPだったことを意味します。FIP-は、異なる球場・リーグ・年代の投手を比較したいときに便利です。プラス指標と100基準の記事もあわせてご参照ください。
まとめ
ERAは、投手が実際に許した自責点を示す重要な指標です。ただし、その数値には守備、インプレー打球の結果の偏り、得点の入り方、球場環境などの影響も含まれます。
FIPは、三振・四球・死球・本塁打を中心に、守備が処理する打球結果の影響を抑えて投球内容を見るERA推定指標です。FIP自体は球場補正や対戦相手補正を行わないため、環境を調整して比較したい場合はFIP-なども確認します。
ERAとFIPをあわせて見ることで、実際にどれだけ失点したかと、その背景にある投球内容を分けて考えやすくなります。さらに被BABIP、LOB%、xFIP、SIERA、球場補正指標なども組み合わせると、投手成績をより立体的に読み解けます。
参考リンク
- FanGraphs Library: FIP
- Baseball Reference Glossary
- Baseball Savant (Statcast)
- 1.02 Essence of Baseball (NPB)
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