FIPとは:結論からひとことで
FIP(Fielding Independent Pitching/守備非依存投球指標)は、投手自身がコントロールできる三つの要素 ── 奪三振・与四球(死球含む)・被本塁打 ── だけを使って、防御率と同じスケールで投手の実力を測り直す指標です。守備の上手い下手や打球の幸運・不運に左右されにくいため、シーズン途中の数字でも「来年の防御率」を防御率自身よりうまく予想してくれることが、過去の検証で知られています。
言い換えると、FIPは「もし全チームが平均的な守備を敷いていたら、この投手の防御率はどれくらいになるはずか」を逆算した数字です。だからこそ、防御率(ERA)とFIPの差を眺めるだけで、その投手が運に恵まれたのか、それとも泣かされていたのかが見えてくる。今日はその読み方を、計算式から実例までゆっくり整理していきます。

なぜ防御率(ERA)だけでは投手を測れないのか
防御率は「9イニングあたり何点取られたか」を示す指標で、長年にわたり投手評価の代表選手として使われてきました。ただ、一つだけ困った特徴があります。防御率には投手の責任ではない要素がたくさん混ざっているのです。
たとえばゴロを抜かれて失点したとき。その打球が遊撃手の正面なら併殺、半歩横にずれただけならヒット。同じ投球内容でも結果が大きく変わってしまいます。外野手の守備範囲、ボールパークの広さ、味方のエラー、ランナーを引き継いだ救援投手の出来 ── どれも投手本人にはどうにもできません。
この問題は、過去記事の打率・打点・勝利数の限界でも触れたとおり、伝統的指標が抱える共通の弱点です。打者の打率が運に左右されるのと同じ構造の問題が、投手側にも存在している。これを解きほぐすために生まれたのがFIPでした。
DIPS理論というルーツ
2001年、Voros McCrackenというアナリストが「投手はインプレー打球が安打になる確率(BABIP)をほとんどコントロールできない」というショッキングな仮説を出しました。これがDIPS(Defense Independent Pitching Statistics)と呼ばれる理論で、FIPはその実用版として広まった指標です。BABIPの考え方は別途BABIP(インプレー打率)とは?運と実力を切り分けるやさしい入門で詳しく解説しているので、合わせて読むと土台が固まります。
FIPの計算式
FangraphsやBaseball Referenceで採用されている標準的な式はこちら。
FIP = (13×HR + 3×(BB + HBP) − 2×K) ÷ IP + 定数(constant)
変数の意味を一つずつ確認します。
- HR: 被本塁打。最も失点に直結するので係数13と重い。
- BB: 与四球。HBP(与死球)も同じ重みで加える。
- K: 奪三振。投手の手柄なのでマイナス係数。
- IP: 投球回。アウト数を3で割った値。
- 定数: その年・そのリーグの平均防御率にスケールを合わせるための補正項。だいたい毎年3.0〜3.2くらいの値が使われます。
係数の13・3・−2は、過去のリーグ全体のデータから「本塁打・四球・三振が、失点にどれくらい寄与しているか」を線形回帰で推定して決められたものです。なので絶対的な数式というより、「リーグ平均から見たズレを点数に翻訳するための重み」と思ってください。

電卓を一回叩いてみる
抽象的な式を眺めるより、一度数字を入れた方が早いです。仮想の投手として、奪三振180・与四球40・与死球5・被本塁打15・投球回180、定数3.10で計算してみます。
分子: 13×15 + 3×(40+5) − 2×180
= 195 + 135 − 360
= −30
FIP = −30 ÷ 180 + 3.10
= −0.167 + 3.10
≒ 2.93
こんな感じです。三振が四球の4倍以上ある投手は分子がマイナスになり、定数(=リーグ平均)から引き算されて優秀な値になる。逆に本塁打を打たれすぎたり、四球を連発すると分子がぐっと膨らみ、定数より上に飛び出していきます。
FIPと防御率(ERA)の違いをどう読むか
FIPとERAは同じ「点」のスケールに揃えてあるので、並べて見るだけでズレが直感的にわかります。読み方の基本は二つだけ。
ERA > FIP なら、その投手は守備や運に泣かされている可能性が高い。投球内容のわりに失点が嵩んでいるので、サンプルが増えればERAは下がってFIPに近づくと予想されます。逆に ERA < FIP なら、好守備や強運に支えられている。来年も同じERAを期待するのは、正直けっこう危ない、というシグナルです。
このギャップを「持続するスキル」と捉える派と、「ただの運」と切り捨てる派が今もアナリストの間にいて、結論は半々というのが現状です。個人的には、フライボーラーやチェンジアップ主体の投手は構造的にERAとFIPがズレやすいと感じていて、機械的に「全部運」と決め打つのは少し乱暴だなと思っています。
FIPの目安・平均値
FangraphsのFIPルールオブサム(FanGraphs Library)はだいたい次の通り。あくまで大まかな目安として捉えてください。
- 2.90以下:エース級(サイ・ヤング賞争いのライン)
- 3.20前後:良い先発
- 4.00前後:リーグ平均的
- 4.50以上:ローテ底辺〜入れ替え候補
NPBはリーグ全体の本塁打数が少ない年・多い年でブレやすく、MLBよりも0.2〜0.4ほど低い水準で読むイメージを持っておくと、肌感覚が合います。
MLBとNPBの実例:FIPと防御率がズレる投手たち
ここからは2026年シーズン序盤(5月時点)の選手名を交えて、FIPの読み方を肉付けします。数字はシーズン序盤のサンプルが小さい時期なので、あくまで「傾向」として読んでください。
MLBの実例:Skenes・Skubal・山本由伸
Paul Skenes(パイレーツ)は2年目の今年も平均球速100マイル超を維持しており、三振が圧倒的に多く本塁打が少ない、いわゆる「FIPに強い」タイプです。彼の場合は防御率もFIPもどちらも2点台に貼り付いていて、ギャップがほとんど出ません。本物のエースほどFIPとERAの差は縮まる、という典型例です。
Tarik Skubal(タイガース)は2024年のサイ・ヤング賞投手で、26年も奪三振率が高水準。一方で本塁打を浴びる試合と完全に抑える試合の差が大きく、シーズン途中でERAとFIPの順位が入れ替わることがちょくちょくあります。こういう投手は「直近5試合」だけ見ると評価を誤りやすい。
山本由伸(ドジャース)はMLB2年目に入って、コマンドが安定してきた印象があります。仮にシーズン序盤に防御率3.50・FIP2.90というスプリットが出ていたとしたら、これは「内野安打や本塁打前のフォアボールで失点しているが、奪三振と被本塁打の絶対数は超一流」という読み方になる。FIP側を信じればシーズン後半に防御率が下がってくる、という見立てが成立します。
NPBの実例:山本由伸の渡米前と佐々木朗希
NPB時代の山本由伸はオリックスで防御率1点台を3年連続で記録しましたが、FIPベースで見ても2点前後と、防御率と大きく乖離しない「実力で抑えていた」投手の代表例でした。守備にも助けられていた部分はあるとはいえ、奪三振と制球が突き抜けていたので、FIPがそれを正しく拾っていたわけです。
一方、佐々木朗希(現ドジャース、ロッテ時代)は奪三振率が圧倒的でしたが、投球回が伸びにくく、被本塁打が極端に少ない年の防御率と、本塁打を許した年の防御率に幅が出やすかった。FIPで均して見ると、彼の「真の実力」はシーズン単体の防御率より安定していたことがわかります。菅野智之は逆のケースで、コントロール型ゆえに被本塁打の出方によってFIPがERAを上回る年があり、「巨人の好守に救われていた」と語られることもありました。NPBのリーグ別FIP値は1.02 Essence of Baseballで確認できます。

xFIP・SIERAとの違い
FIPの弱点として「被本塁打の年ごとブレ」があります。本塁打は球場・気候・打球角度の運でけっこう変動するため、FIPに直接ぶち込むとブレが残ってしまう。これを補正するために派生したのが xFIP と SIERA です。
xFIP(Expected FIP)は、被本塁打を「実際の数」ではなく「フライ打球×リーグ平均HR/FB率」で置き換えたもの。要は「本塁打を許す力もリーグ平均だったら、この投手のFIPはこれくらい」という指標です。来季予想ではxFIPがFIPより当たることが多い、というのが過去研究の結論。
SIERA(Skill-Interactive ERA)はさらに踏み込んで、ゴロ率や奪三振率の非線形な効果(三振が多い投手はBB与えても傷が浅い、など)まで織り込んだ指標。式は複雑ですが、考え方は「投手の構成要素の組み合わせから期待防御率を出す」というもので、Fangraphsのリーダーボードで気軽に確認できます。
使い分けのざっくり感覚は、「今シーズンの実力評価=FIP」「来季の予想=xFIPかSIERA」と覚えておけば、まず外しません。
FIPの限界・誤用しがちなポイント
FIPは便利ですが、万能ではないです。注意点をいくつか。
第一に、サンプルが小さい局面では信用しすぎないこと。被本塁打は1本で係数13ぶん効いてくるので、5月時点で1〜2本余分に浴びると、FIPが0.5以上跳ね上がります。シーズン序盤のFIPは、年間値より広めの誤差を許容して読むべきです。
第二に、意図的に芯を外す投手。チェンジアップ主体・コマンド一本のソフトコンタクト型は、構造的にBABIPを抑えられるので、毎年ERA < FIPで終わる人がいます。彼らに対して「いつかFIPに収束する」と言い続けるのはもう諦めた方がいい、と個人的には思っています。Greg Madduxはその究極形でした。
第三に、FIPは守備の貢献を消す指標であって、「守備が悪いチームの投手を救う」装置ではない点。守備込みで失点していくのが野球なので、チームの順位予測などではERAも併用するのが筋です。投手個人のWAR(FanGraphs版)はFIPベースで算出されている、というのも合わせて覚えておくと混乱が減ります。
じゃあ実戦でどう使うか
シンプルな三ステップで運用できます。まず、FanGraphs・Baseball Reference・Baseball Savantの使い方入門で紹介したFangraphsのPitching Leaderboardを開く。次にERAとFIPを並べ、差が0.50以上ある投手を抜き出す。最後にxFIPとBABIPまで見て、運か実力かを判定する。これだけで「シーズン後半に伸びる投手」「ボロが出そうな投手」の当たりが、ぐっとつけやすくなります。
FIPの数値そのものより、ERAとのギャップを読む癖をつけるのが、たぶん一番コスパが良い使い方。野球中継を見ながら「この人FIPは良いんだよな」とつぶやけるようになれば、もうセイバー側の住人です。プラス指標として表示されるFIP-(プラス指標と100基準でも解説)を併用すると、リーグ全体での立ち位置も一目で把握できますよ。
参考リンク
- FanGraphs Library — FIP
- Baseball Reference — Glossary
- Baseball Savant(Statcast)
- 1.02 Essence of Baseball(NPBのセイバーメトリクス)
関連記事
- BABIP(インプレー打率)とは?運と実力を切り分けるやさしい入門 – FIPと一緒に読むことで「運か実力か」の判定精度が一段上がります。次に読むならまずこちら。
- 打率・打点・勝利数の限界 – 防御率と勝利数で投手を語ることの危うさを、FIPと逆方向から確認できます。
- プラス指標と100基準の読み方 – FIP-やERA+のように「100=平均」で読む流儀を押さえておくと、年やリーグをまたいだ比較が一気に楽になります。
- WAR(Wins Above Replacement)とは – FangraphsのfWARはFIPベース。この記事の続きとしてピッタリ。
- FanGraphs・Baseball Reference・Baseball Savant使い方入門 – FIPを実際に自分の目で確かめるための地図。手を動かしながら覚えるとブログ的にも一番伸びます。
- セイバーメトリクスとは? – そもそもの土台に戻りたくなったら。FIPがどの文脈で生まれたかが見えてきます。
